楽譜の一番最初に♯や♭が付いた図をご覧になったことがあると思います。

これを調号といい、左図のものであれば「この曲のfは全てf♯で演奏して下さい」という意味になります。小学校の時のリコーダーの演奏会の時には苦労したものです。「なぜfに♯が付いているのか?」「なぜ1音1音ではなく全てのfにまとめて♯を付ける必要があるのか?」そのころ私は音楽に関して無知でしたし♯や♭は何か「特別なもの」という感覚がありました。
もちろんこの調号には重要な意味があります。実はこれはその曲のキーを表すものなのです。
調号はその楽曲がどのメジャーまたはマイナースケールを基にして作られているかを表しているものです。つまりどのキーの楽曲かを表すものです。しかしこの調号が表すのは構成音だけです。つまり平行調の違いは判別できません。これは例えばCメジャーなのか?、Aマイナーなのか?は解らないということです。
例えば以下の譜例1の調号は♯が4付いたものですがこれはキー=Eの調号です。
譜例1
eから始めそれぞれf・g・c・dを♯させればEメジャースケールとなります。
譜例2
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MIDIファイル
しかし、同時にこの調号はC♯マイナーの調号でもあるということです。この調号からはどちらのキーなのかは分かりません。それはメロディーやコードを見て判断するものです。
♯や♭の付く順番やどの音から付けていくべきかは決まっています。例えば♯系ではfから付き、順にc・g・・・、と全て決まった順となります。
譜例3
1番始めにf以外に♯が付くことはありません。更にどのfでもよいかというとそうではなく、必ず5線譜(高音部の楽譜の場合)の内1番上の線に対応するfに付きます。また、♯と♭が混在するキーは存在しません。
譜例4
以下の譜例3はfに♯の調号が付いています。そしてそれぞれの音符は全てfの音です。
譜例5
この全てのfがf♯ということになります。調号に依って付けられた♯や♭は臨時記号と違い音高に関係なく全てのその音が対象となります。
それでは調号とそのスケール(メジャースケールで記してあります)を一覧にしてみます。まずは♯系の調号からです。本来、何も調号が付かないCメジャー(Aマイナー)は♯系でも♭系でもありませんが、全ての調号を表す為に♯系の方に記してあります。
| 調号 | キー | スケール |
|---|---|---|
| Cメジャー Aマイナー |
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| Gメジャー Eマイナー |
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| Dメジャー Bマイナー |
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| Aメジャー F♯マイナー |
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| Eメジャー C♯マイナー |
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| Bメジャー G♯マイナー |
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| F♯メジャー D♯マイナー |
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| 調号 | キー | スケール |
|---|---|---|
| Fメジャー Dマイナー |
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| B♭メジャー Gマイナー |
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| E♭メジャー Cマイナー |
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| A♭メジャー Fマイナー |
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| D♭メジャー B♭マイナー |
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| G♭メジャー Fマイナー |
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見慣れれば調号を見るだけでキーを(メジャーかマイナーかは解りませんが)判別できるようになりますが、最初はそうもいかないでしょう。そこで簡単に調号からキーを読み取る方法を解説します。
♯系の調号の場合は一番最後に♯が付いた音のひとつ上の音です。例えば♯が3つ付いた調号の場合はf・c・gの順で♯が付いています。
譜例6
最後に♯が付いているのは「g」なのでその上の音aがキーとなります。即ちAメジャーということです。
♭系の調号の場合は最後から二番目に♭が付いた音です。最初に例外を表すと、♭が1つの場合はこの法則が使えません。なのでこれだけ「♭1つはFメジャー」と覚えてしまいます。
譜例7 キー=Fメジャー(Dマイナー)![]()
それ以降はこの法則が使えます。例えば♭が3つ付く調号の場合、その順序はb・e・aの順です。
譜例8
最後から二番目に♭が付いているのはeです。eには♭がついているのでキーはE♭メジャーとなるのです。
楽譜には主に高音部記号(ト音記号)以外に中音部記号(ハ音記号)や低音部記号(ヘ音記号)があり楽器やその演奏の音域に依って変えるもので、雅楽寮で主に使用しているのは高音部記号の楽譜です。
曲の一部だけ音を変えたい場合につける♯や♭等の記号。この臨時記号の有効範囲は一小節内だけでしかもオクターブ違いの音は対象外となる。
キーの概念を中心とした音楽を学んでいくとキーそのものが足枷のように感じるかもしれません。「音楽の自由」と詠いながらあるキーを主体とすること自体に疑問を抱くわけです。本当に自由ならばキーなど必要ない、と。そういった反動は新しいものを生むきっかけになりますし実際そういった傾向は過去にもありました。本来これらは音楽史として捉えあまり音楽理論では扱うことはないのですが(結局なんでもありの様相を呈していくので理論として明確に表せない為)、念の為概略だけでも記しておきます。
中世〜ルネッサンス〜バロック〜古典派という大まかですがそういった流れの中でクラシック音楽が発展していきロマン派に至ってある衝動が生じます。革新的な曲の制作に行き詰まったある作曲者達は離れたキー(♯や♭が多く書き換えられるキー)への転調(曲中でキーが変わること)や半音程を多様させることにより調性をある意味で破壊させることにその脱出口を見い出します。つまり今現在のキーを曖昧にして次々に展開していくことで音楽的な面白さ(一般庶民がその辺りを理解して聴いていたとは到底思えませんが)を表そうとしたのです。そして20世紀に入りシェーンベルクなどが完全に調性を無視した無調性の音楽を書くようになったのです。
これらは決して「滅茶苦茶な作曲法」という訳ではないのですが方法論が個人的なものに還元されてしまうことが多く理論としてまとめるには少し無理があるように思います。私はそういった作曲家に疎いので詳しくは語れませんがそういう音楽もある、ということも覚えておいて頂いても損は無いと思います。